2009.07~08


多くの少年サッカー親子が間違った認識というか、簡単に言うと、クラブ、スクール、指導者に知らぬ間に騙されている事があります。
しかし、ほぼ全員といってよいほど、成功しない人達はその部分を彼らにだまされていることに気づかず、大人になるまでサッカーをやり続けることになるのです。.

さて、私がこれから「サッカーで成功するためのいくつかのステップ」についてお話します。
しかし、これから私がする話は、巷のサッカークラブ、スクール、指導者達が話す内容とは、内容そのものというよりも、「着眼点」「視点」そのものが違う話をします。
つまり、これまで多くの少年サッカー親子ががんばっても、がんばっても成功しない理由は、解明もされていないし、語られてもきていないという事実があります。
だから、あなた達親子は指導者の言われたことを素直に聞いて取り組んでも成功しないのです。
だって、その視点での原因究明は100%と言ってよいほど、不可能なのですから。

あなた達親子がどのくらい考えが歪んでしまっているかを確かめる簡単な方法があります。
それは、
サッカーにおける
心技体の3要素をどのくらい重要か
割り当ててみてください。
という事をしてみてください。
例えば
心 25
技 50
体 25
と、いうように100の内どのくらい重要かを自分の考えでよいので割り当ててみてください。
できましたか?
では、次に、
では、今現在、あなたのお子さんは、
心技体の3要素をどのくらいの
割合でトレーニングをしているか書いてください。
書き方は、先ほどと同じです。
書きましたか?
この2つの割合を書いてみて多くの方はこんなことに気づいたのではないでしょうか?

おそらく、ほとんどの人がこのギャップに気づけたと思います。
その中でも、多くの人達がこういうことを思ったのではないでしょうか?

そうなんです。あなたが技術面以外に、メンタル面やフィジカル面も重要視していても、実際行われているトレーニングというのは、
やたら技術面のトレーニングばかりしている。
と、いうことに。
それが、今のサッカー指導環境です。
サッカーだけでなく、スポーツは「心技体」の3要素がすべて備わってこそ名選手になれるのに、受けている指導は技術的な指導ばかり。
もちろん、彼らは「技術こそすべて」と思っているからそういう偏った指導をしていた訳ですが、

まあ、長年やっている指導者にそれっぽい理屈を言われたら、「そういうものなのかなぁ」と思い込むのも無理はないのですが、
では、ここで頭の中身をリセットしてあなた自身で考えて、何が大事なのかをしっかり判断してください。
ちなみに、私自身が考える重要度合いは、
心60
技20
体20
ぐらいです。
私の場合はやたら心に偏っています。
それには理由があるからです。
そしてこの考えによって、私は指導をしています。
多くのサッカー少年をまるで別人なのか?と錯覚するほど変えてきました。
そして、地元では技術至上主義のクラブを次々と打ち破っています。
では、これから私がなぜ、こういう割合で指導をするのかをお話します。
健全な精神に健全な肉体は宿る
と、いう考えなのですが、
例えば、まったく集中力もなく、話も聞けない子に技術指導をしてどのくらい上達するのでしょうか?
その効果はたかが知れています。
だから、私は技術の指導よりも、心という土台の力を強化した上で、技術の指導をします。
そのやり方の方が、効率的なのです。
逆に、集中力を子どもたち任せにして、技術ばかりを叩き込むとどうなるか?
その結果は、
元からセンスのある子どもしか上達しない。
つまり、指導者なんて誰でも良い。というような指導の中で適当に勝ち組、負け組に分類される、あの例のごとくの身分階級社会のようなクラブの一丁上がりです。
本当にそのやり方で強いクラブが作れるのでしょうか?
そして、そのやり方しかないのでしょうか?
もうひとつ、保護者であるあなたにお聞きしたいことがあります。

実は、多くの保護者は我が子が上達しない原因については約70%の方達が「ここに問題があるのではないか」という憶測があります。
その部分とは、技術的な部分ではありません。
そして、その保護者達の憶測は、多くのクラブ、指導者たちからは。
「これだから、サッカーを知らないやつらは。。。」
というようなカタチで馬鹿にされるような部分です。
ですが、私は違う見解を持っています。
むしろ、

えっ?!
と、思ったかもしれませんが、私達がずっと騙され続けてきたことはここなのです。
彼らは、間違った事を何十年も言い続けてきたのです。
だから、よくいる「センスのある選手」以外は伸びることもなく、
生まれたときから身分が決まっていたかのような制度の社会で生きているかのような錯覚に陥ることになるのです。
もう、実は多くの親子は本当の原因を知っているのです。
その、見当違いの指導者と同じ見解の保護者達というのは、おそらく違う見返りか何かを求めている気持ち悪い類の人達ぐらいで、まともな保護者であれば、ここの原因は当たり前のように理解できているのです。
だけど、指導者達はそこが原因ではないと言い張っています。
だから、20年も30年も同じ環境のままなんです。。。
なぜ、そういうおかしな事が起こるのか?
その理由はたったひとつです。
指導者達に本当の原因を
改善できる指導力がないのです。
だから、原因はまったく違うところにあったとしても、指導者達は技術的な指導ばかりをして、技術的に劣る子達に「落伍者」としての烙印を、まるで工業製品につけるかのような、そんな安易な決め付けた指導をし続けているのです。
言ってみれば、
- 彼らは、技術的な指導しかできないんです。
できないのに、「原因はそんなところにではなく技術的なレベルが低いからです。」と保護者をいかにも「サッカーを知らないやつはこれだから困るよ」とばかりに、蔑んだ感じで、その悩みに対しての解決を突っぱねてくるのです。
本当は、その程度の指導しかできないだけなのに。。。

私は、これまで多くの少年サッカー親子達を、本当の原因に直接改善できる指導、サポートをしています。
もちろん、技術指導というのはその「根本の原因」を改善することから考えれば、二の次以上にどうでも良い部分なのです。
では、その70%の親子自身が、「どうしたら改善できるのだろう?」と、悩み続けているその部分についてお話します。
この真実にたどり着いたとき、あなた達親子は本当の意味で、
努力した分だけ上達できる権利
を手に入れることになるのです。
ただ、先ほども言ったように逆の視点で言えば、
残り30%ぐらいの「努力しないで何とかしたい人たち」にとっては、これから話す話は、まったく関係のない話なので、はじめに断っておきますが、読むだけ時間の無駄になりますので、この時点でこのページは閉じて、技術的なトレーニングをして、がんばってください。
ここから話す話は、そんな技術至上主義の低能な指導者達から、
指導界における「医療ミス」のようなことをされ、半ば手遅れなんじゃないかと思っている方達や、技術やセンスよりも「努力する気持ち」を第一に考えている「まともな親子」の方に対して、何が本当なのかを話をさせていただきますのでご承知ください。
その私がここで言う「まともな親子」の方達には、とても有意義な話になることはお約束できます。

私は、俺FCという少年サッカー強化塾、そしてこれまで6回にわたるサッカー合宿、そして地元で運営しているクラブの親子たちなど、多くの親子達を改善し、上達させてきたわけですが、
彼らの多くは、私にこういう悩みを相談してきました。
ウチの子はなかなか自分が表に出せなくて。。。
そうなんです。
技術が云々ということではなく、多くの親が「なんでウチの子は、変わってくれないんだ」と、ずっと悩んでいる部分とは、
自己表現力
の部分なのです。
「自分の出し方」という部分です。
たしかにセンスがある子は自分の表現もそれなりにこなしてしまうことでしょう。
下手な子が決してやる気がないかと言えば、それは少し安易な発想です。
技術云々の前に「自己表現の力」をしっかり作っていくことができれば、自然と技術的な能力はアップしていくのですから。
逆に言えば、事故表現力がない子に対して、いくら技術的な指導をしたところでザルに水を注いでいるようなものなのです。
たくさん、水を貯めたいのであれば、まずはしっかりとした器を作らない限り、いくら注いでも無理なのです。
実は、先ほども書いたとおり、ここの部分に対しては、多くの保護者の方達が「水【技術的なこと】を注ぐことよりも器【自己表現の力】をしっかり作ることが大事なのではないか?」
と、いうことに気づいていたのです。
しつこくなりますが、いろいろな要因から指導者達は器を作ることを拒み、ザルであろうがなんであろうが、技術指導という水を注ぎ続けたのが、この20年、30年続いた少年サッカーの環境なのです。
だから、先天的にたまたま穴の空いていない器の持ち主しか生き残れない環境だったのです。
だから、もしあなた達親子の器が穴の空いていた器であった場合は、ずっと脇役でい続けるしかないという身分制度だったのです。

私が実現させたいことは、いつも言っていますが、
努力した分だけ、上達できる環境づくり
です。
誤解していただきたくないのは、「楽して上達できます」なんてものを私は作りたいとも思っていないし、提供したいとも思っていません。
どちらかというと、私は「楽して上手くなりたい」」と思っている親子、指導者のことを嫌っています。それってセンスまかせに近い発想ですからね。
私が、主張したいのは
100円払ったら、100円分のモノは提供してくれよ。
って事です。
100万円払ったら100万円の車はくれよ。
これだけなんです。まあこれを「対費用効果」と呼ぶらしいですが、
私は「努力の対費用効果」について話しているだけです。
あなたのライバルが30分、ある練習をして50のパワーアップをしたとします。
あなたがその4倍の2時間もトレーニングしたのに、10ぐらいしかパワーアップしなかったら、それは理不尽だと思いませんか?
私は2時間努力したら2時間分の上達を約束できる環境を作りたいだけなのです。
わざと、この例文を書いたのですが、この話にはひとつの疑問が残ります。
その部分とは、

車の話でもジュースの話でもなんとなく「対費用効果」の話は分かります。
300円払って、300mlの缶ジュースしか買えなかったら、一般常識的な対費用効果は低いですよね。
普通なら150円で500mlのジュースが買えますから。
では、これが「努力」というお金を払って、
「上達」というジュースをもらう話だとしたら、
果たして、30分の努力に対して、
どのくらいの上達をすることが、適切なのかは、いまいち分かりませんよね?
では、ちゃんとした効率を実現できるとしたら、1日に自主練するという努力は、私は、
テクニカルな部分だけで言えば1日10分もすれば十分。
です。
ぜんぜん楽でしょ?まあ、そんなもんでテクニカル要素は十分です。
どちらかというと、他の努力をした方が良いですから。
ここで、私からあなた達親子に大事な質問をひとつします。

どうですか?
なんだか上手くなるのかならないのか分からない指導者の言うことは、鵜呑みにしてしまうくせに、世界で活躍している中村俊輔選手が大事に思っている部分を多くの親子は馬鹿にし、喧嘩を売っているようなものなのです。
ただ、逆に考えれば「そんなことするなんて、滅相もない」
と思ったのではないでしょうか。
いやいや、多くの親子は彼に喧嘩を売っています。その根拠をここで私がお話します。話す前に理解している方もいるかもしれませんが、
それは、
サッカー日記を書く
と、いう部分です。
まず、書いていないですよね?
だけど、やたらと「夢はプロサッカー選手」と言ってしまう。とても恥ずかしいことですよ。
ボール蹴ってればプロになれるというのは、たまたまセンスのある子だけがなるだけであって、センスがない子であれば、もっと違う努力をして上に上がっていくしかないのに。
しかも、中村俊輔選手はおそらくセンスがあった側の人なのではないでしょうか。それでも、あれだけサッカー日記を書いている。自己分析を怠らない。
それなのに、多くの親子は自己分析などまったくしないで、ただただボールを蹴り続けている。
私から言わせると、そんな親子は、中村俊輔選手に喧嘩を売っていると言っても過言ではないと思います。
ただ、多くの親子がなぜ、サッカー日記にチャレンジできないのか、チャレンジしたとしても長続きできないのか。
そこには大きな理由があるというか、こういう事なのではないでしょうか?

まあ、ここでしょうね。
たしかに中村俊輔選手や宮本選手と言った一流選手の書くサッカー日記はたしかに効果があるのかもしれないが、わが子が日記を書いたところで何の効果も出ないんですけど。。。
と、思ってサッカー日記を書かない子どもが多すぎます。
はっきり言わせてもらって、サッカー日記を書かない子に「僕はサッカーが好きです」と言ってもらいたくないですね。
だって、好きなのに、その「好きなサッカーのこと」を書けないんですよね。
私なんて、好きすぎてサッカーのことばかり考えているので、サッカーのことならいくらでも書けますし、話せます。
だけど、サッカー以外のことはほとんど書けないし、話せません。
そのくらい私はサッカーが好きです。酸素よりもサッカーがないと窒息死しそうなほど好きです。
だけど、私は生まれてから一度もプロサッカー選手になりたいと思ったことはありません。私は今現在、「世界一の少年サッカー指導者になりたい」とは強く思っていますけどね。
でも、このページを読むあなた達親子は、プロサッカー選手になりたいんですよね?
サッカー日記を書くのが苦痛なほど嫌いなのに、よく「サッカーが好き」だと恥ずかしげもなく言えるなぁと、嫌味ですけど感心してしまいます。
私は、サッカーをするのも好きですけど、

その理由は、好きなサッカーを振り返っている時間というのは、その日、自分がチャレンジして成功したプレーを記録することは、もう一度その成功体験を思い出すことができるし、ダメだったところ、出来なかったところを書き、明日は、そこができるようにするためにどせうすれば良いかを考えて日記に書くだけで、明日のサッカーが待ち遠しくてしょうがなくなるからです。
いやいや書くのではなく、サッカー日記とは今日できなかったことを明日はできるようにするために頭の中で準備する行為です。
なんで、こんなに楽しいことが苦痛だと感じてしまうのかが私には理解できません。もし、考えられるとしたらその親子は、
サッカーが好きじゃないのだろうな
と、思います。
遠足や、旅行、クリスマスやお正月など、前日にその事が待ち遠しくて「早く明日にならないかなぁ」と興奮して寝れないほど明日がやってきて欲しくて、そのことばかりを考えてしまう経験を、おそらくほとんどの人は経験しているのではないでしょうか。
私にとってサッカーとは、そういう存在なんです。だから、サッカー日記を書くし、書いたら明日が早くやってこないかなと興奮してしまう。30才を過ぎても、そのときの私は子どもそのものです。
でも、ほとんどの子達が明日のサッカーを待ち遠しいと思えない。
むしろ、サッカーのことなんて忘れて、ほかの事で楽しんでしまう。
そういう子達を見て私は、

と、思ってしまいます。
たしかに、私もはじめからサッカー日記を書くことが楽しかったわけでもないし、サッカーが今みたいにこんなに好きだったわけではありませんでした。
以前にも自己紹介で書きましたが、子ども時代は万年ベンチ、大人になって地域のコーチになったものの球拾い以下の仕事ばかりをさせられる日々。
サッカーが楽しいどころか、「苦痛に耐えるのがサッカーなんだ」と勘違いするほど私とサッカーの関係は酷いものでした。

今から6年ぐらい前になりますが、私がサッカー指導で悩み続けていた頃、私は師匠に出会いました。
はじめは、指導の手伝いで参加するということで、その中学に行ったのですが、私は1番熱心なサッカー部員と化していました。
・ボールを持っている相手に対してどうアプローチを仕掛けるか
・マークはどのくらいの距離をとって、何を狙ってインターセプトをするか
・攻守の切り替えとは、具体的にどういう動きをすればgoodと言えるのか
・得点に結びつけるための、ボールの受け方とは
・数的優位とは何なのか、そしてその作り方とは
・リスタートを素早くするために何を意識しどう動くのか
など、「具体的にこの状況では、どう考え、どう動くのか」という
サッカーのセオリー
を徹底的に、私は指導してもらいました。とは言っても部員にまじって間違って指導を受けただけですけどね。
だけど違った部分というのは、私はその日からサッカー日記を書きました。
師匠に教えてもらった事を書き、教えてもらったことを実践して成功したプレーの事を書き、そこから「もっとこうやったらすごいプレーになるんじゃないか」という事を考えてみたり、チャレンジしてもできなかったところについて考察してみたり。
これを毎日繰り返しました。別に誰にやれと言われたわけでもなく、私は毎日、私の書くメルマガの分量ぐらいの日記を毎日書きました。
いつの間にか、私はいろいろ質問して、どんどんサッカーを理解し、吸収していきました。
学ぶことも重要でしたが、「いつか師匠のサッカーを越えたサッカーを自分が指導したい」
と、いう目標。そしてサッカーのすべてを理解したいという願望がどんどん強くなりました。
そして、私の中である1つの想いが異常に強くなりました。
それは、

最近、モウリーニョ監督や、バルセロナのサッカーなどで用いられている指導法、考え方というのがあるのですが、師匠のサッカー理論はまさに彼らと同じものでした。
その指導方法は、日本のよくあるサッカークラブ、指導者がやっている手法とは違うのです。
サッカーには多くの要素を学び、習得する必要があります。
しかし、習得しただけでは意味がありません。
実際の試合で使いこなせてこそ、はじめてサッカーのレベルが上がる。
多くの指導者は、間違った考えで指導しているんです。
間違っていなかったとしても世界と比較すれば、「古臭い」指導と言うしかないぐらい遅れています。
師匠は、すでに6年前から、現在、世界で最先端ともいえるサッカー指導を普通にやっていたのです。
少し、その理論について話すと、
【古臭いサッカー指導というのは、】
サッカーの要素をひとつひとつ細切れにして、教えていくという手法
【最先端の指導というのは、】
全体を考えた上での総合的なトレーニングをする中での指導
と、いう部分での違いです。
パス練習だけというのが古臭いトレーニング方法、
ゲームの中でパスの精度をあげていくというのが、最先端の指導といっても良いかもしれません。
たしかに、中学生年代になれば、そんなやり方も可能かもしれないけれど、小学生、特に低学年には無理だろと思う方も少ないのではないでしょうか。
たしかに。
いきなりサッカーをまったく知らない選手にゲームだけで指導をするという事は、無理だと私も思います。
ただ、「ゲームの中での実践的指導環境」を作るために細切れのトレーニングをするのか、
ただただ、細切れにして教えて終わりにするのかでは、その後の選手の伸び方に大きく差が出てしまいます。
ちょうど某世界のトップクラブの小学生を指導している方がこんなことを言っていました。
「子どもにはそれができないと決め付けるのは、子どもを馬鹿にしすぎ」
だと、言うことを。私もこの考えと同じです。

もし、上達しないとすれば、あなたのお子さんの所属するクラブの指導というのは、「子供向け」の指導をしている可能性があります。
そうしたらサッカーがつまらない、好きになれないかもしれませんね。
だって、そんなものはサッカーじゃないのだから。
「球蹴り」「サッカーごっこ」みたいなものです。
私は、子ども達に「サッカー」を教えています。まったく大人達のやっているサッカーそのものです。子ども達が自分で戦術的にしっかり戦えるサッカーを。小学1年生でも夏休みが終わるぐらいには少しずつ戦術的にサッカーができるようになるし、2年生になる前には基本的なサッカー戦術を覚えてしまいますから。
えっ、そんなに小さな学年の子に?!
ありえない、バカなんじゃないかこいつ。
と、思われた方もいるかもしれませんね。
逆に私はそんな方達に挑戦的にもこの言葉を差し上げたいと思います。

って、事です。(笑)現に私は教えて、彼らは理解していますし。
具体的に言えば
「一桁の足し算、引き算ができれば十分」ですから。
では、なんで他の人たちは中学生になっても指導しないなんて事になってしまうのか。
そして、彼らの指導はやたら理解できないぐらい難しく感じるのか?
それはサッカーが難しいのではなく、
彼らの言っていることがやたら無駄に難しいだけです。(苦笑)
サッカーの戦術理解は、1年生の学力程度で十分です。
少なくとも、私の指導ではその程度の学力があって、しっかり指導者の話を聞ける子であれば十分です。
もし、あなたのお子さんが2年生以上で、2年生以上の学力を持っているのであれば、私は簡単にサッカー戦術のすべて【個人戦術・チーム戦術】を指導し、習得させてあげることができます。
その部分に悩んでいる子がいるのであれば、私を活用してみてください。
こんな部分の改善は朝飯前なので。
それよりも、多くの親子が1番改善に苦しんでいる部分とは、
自分というものをもっと表に出していくこと
です。
多くの親子がここに悩んでいます。
「もっと自分というものを出してくれれば。。。」
こういった悩みメールをたくさん頂きます。
昔以上に、他人と接する事ができない子が多いみたいですね。
私も、ちょっとそれに近かったので彼らの気持ちも理解できます。
ただ、サッカーで夢を叶えるには、「自己表現能力」というのは一番大事な部分です。
むしろ、自己表現能力が高まれば、他の能力は普通にサッカー日記を書くだけで改善されてしまいますから。

ただ、大人も含め今の世の中、「自分を成長させること」に関心を持てない環境になっています。どちらかというと、ドラクエなどといったゲームの中でのキャラクターを強くすることにばかり夢中になる人たちがとても多い。
理由は言うまでもないですね。
自分が苦しまなくて済む。
からです。コンティニューもできますし。
なんで汗かいて、膝擦りむいたり、捻挫の危険性があったりする中、必死にサッカーなんてやらなきゃいけないんだ。
みたいな。
サッカー日記を書けない子ってこれに近いです。
「自分自身」に関心が持てないんです。
だから「自己表現」というものに関心がない。
で、たまたまサッカーが好きでしょうがない子だけサッカーで自己表現するから彼らが活躍していく。という仕組みみたいなものになっています。
実際、「自己表現能力」というのは、サッカーだけでなく社会で生きていくうえでも必要な事です。
そういうこともあって、多くの親子がここを問題視しているのでしょうけどね。
決して、その考えは間違っていません。指導者がテクニカルな部分に問題があると言ったとしても、私も今の子ども達の問題は「自己表現能力」にあると思っています。
逆に、サッカーに夢中になれる子を上手くさせるなんて事は余裕です。
どちらかというと、難しいのは「今の子ども達の自己表現能力を高めること」にあります。ここが低いと、何を指導しても伸びないからです。
個人差はあるとは思いますが、
「プロサッカー選手になれるレベルの自己表現能力」
「世界レベルで戦えるだけの自己表現能力」
をあなた達親子は持っていますか?
持っていないようであれば、この俺セン少年サッカーアカデミーの夏合宿は、大いに役立つ内容になっていると約束できます。
と、言うことで、この俺セン 少年サッカーアカデミーのサッカー合宿のメインテーマは、

と、いう事になります。
ここがメインです。
えっ?!サッカーの指導はどうなってるの?
と、思われたかもしれませんが、もう一度よく読んでみてください。
私は、サッカーの個人戦術、チーム戦術、そしてサッカーの中にあるさまざまなスキルを指導することなど、朝飯前だということを。
どこの誰が、いくらそれらをむずかしーくわかりづらーく指導していたとしても、私は、小学生1年生の学力を持っている子ども達にならば、全部理解させることができます。
そしてこの「自己表現能力を上げるために」サッカーを通じて指導していきますから、いろいろなことを学んでいくことができます。
特に、教えてもらいたいことがあるようでしたら、参加者の方は、メールやノートに書いて私に質問してくれれば、いつでも答えますので。

彼ら指導者はすごいです。偉大です。
サッカーをあんなにも難しく説明できるのですから。
パス回しにしても、守り方にしても、たとえそれがドリブルやフェイントだったとしても、ものすごーく難しい表現で説明してくれますよね。
ある指導者は私に対して、
「君の指導理論はロジカル的な部分だとどうなっていて、なんたらかんたら、チーム内にファンタジスタは必要だと思うか、なんたらかんたら。。。」
みたいな。。。あまりにも難しすぎて難しい単語は忘れてしまいました。(笑)まず、そんなものに私は興味がないし。
たしかに、ああいう難しいお話に対して、
「そうですねー、ロジカルな思考で考えるとすれば、なんたらかんたら」
と答えると、とても私は知的な指導者仲間になれるのかもしれませんね。
私なんて、子どもに指導しているとき、
ウンコとオシッコの話バッカリなんで。(汗)
せいぜい、上品な話?になると「歯磨き」の話になる程度かな。
何がロジカルだか、知らないけど、
子どもの脳みそで理解できない説明など、たとえ、大人社会でいかに知識といわれたとしたって、そんなものは、
その指導者の自己満足的な戯言
に過ぎないって事です。本当に彼らはそういうの好きですよね。
超御ナルシストだなぁと感心してしまいます。
下ネタ指導者の私とは大きな違いだ。
だけど、なぜ私はこんな下品だと怒られそうなネタにたとえて説明をするのか?それは、言うまでもなく、

なぜだか分かりますか?
言わなくても分かっていただけると思いますが、
その話は、
子ども達が毎日日常で経験している事
だからです。
だから、とてもよく理解できるんです。
パスがずれることが、オシッコをした時に便器から外れてしまうことに喩えれば、どれだけパスがずれることが恥ずかしいか彼らはしっかり理解できます。
「パスがずれれば、敵にボールを取られてしまうぞ」と説明するよりもよっぽど理解してくれます。
私は、この方法で幼児にだってパスの精度を上げさせることができます。
子ども達にとって、社会的にロジカル?な指導者が良いのか?
子どもの日常経験に沿ったたとえ話で説明してくれる下ネタ指導者が良いのか。
それは、あなた達親子が決めてくれれば構いません。
ただ、ひとつだけ私自身でも誇れる部分、
それは、
私は決して社会的に知的でロジカルな指導者ではありませんが、

少しは分かっていただけましたでしょうか?
なぜ、私の指導で子ども達が変身してしまうかの片鱗が。
まあ、他の指導者と話す内容もぜんぜん違うし、
本やDVDのような「おとな語」による説明ではなく、
私は、
「子ども語」によるサッカー指導ができる指導者だということです。
そんな「子ども語」なんて存在したのか?と驚くかもしれませんが、存在します。
私は、そんなくだらいロジックを学ぶのであれば、もっと「子ども語」を学びたいと思っていますからね。
どんなに難しいサッカーを理解したって、子ども達に伝えられなければ、まさに「馬の耳に念仏」そのものになってしまいますから。
ちなみに、私の「子ども語による指導」によって、

ありえるのかい、そんなこと。。。って感じですが、事実です。
彼らは、1年生の夏、市内で2年生対象の大会で優勝し、冬の同じような大会では惜しくも決勝で市内のトップの2年チームに互角以上の戦いをしたのですが、PKで負けて連覇はできなかったものの、
昨年12月26日に開催した1年生大会では、
30得点3失点という内容で圧倒的な強さで優勝しました。
参加チームには県外の1年生大会の優勝クラブも参加していましたが、相手になりませんでした。
別に、はじめからすごい子がいた訳ではありません。ただ指導していたらこんなに強くなってしまっただけです。
ちなみに、この下の学年の子たちもこの子達よりも力は下ですけど、大会では簡単に優勝してきてしまいます。
この現2年生達は、合宿でもちょっと名物になっている子達で、参加者の上級生達が「なんだこの1年は。。。」と驚いています。
ただの自慢か?という話に思えたかもしれませんが、私が言いたいのは、

と、いう事です。
こんなに簡単なサッカーを、4年制の大学を卒業した人が聞いても分からないぐらい複雑?に説明する指導者っていったい。。。
と、いうのが私の主張というか、皆さんへの問いかけです。
もし、あなたのお子さんが彼らよりも年上であれば、そんなサッカーを学ぶことができます。

ってことです。
「中学生に戦術は早い」とか言ってる指導者がいますけど、
は?
って思いますね。なんか力を入れるというか、
普通に教えれば、普通に理解していくから、そんなもの。。。
だって、一桁の足し算、引き算ができれば、すべて理解させられますし。
あとは、トランプの神経衰弱のルールでも覚えさせておけば、余裕ですけどね。
指導者はやたらそこをむずかしーく指導して御楽しむようですが、もうやめましょうよ、そんな時間をドブに捨てるようなことは。。。
もっと小さいうちからしっかりやっていく必要があるものがあります。
それは、家庭内で言えば「しつけ」ですね。
では、サッカーの指導の中で言えば、何度も言っていますけど、
自分を表現する能力
です。
これは、とても時間がかかります。一生取り組んでいくようなテーマですから。
もちろん、サッカーによる自己表現ですからサッカーのテクニカル要素、戦術要素を理解しない限り、乏しい表現になっちゃうじゃないか。。。
とツッコミたくなるのも分かりますけど、
そんなものは、1年生の学力があればソッコーで教えられる。
と言ってますよね。
あなた達親子のまわりにそういう人がいないのかもしれませんが、私にはそれができるのでこういう話になってしまいます。
もう、そんな部分で悩んでいるのはバカバカしいですよ。
本物たちの悩みは、
「もっと自分を表現していくにはどうしたらよいか?」
と、いう事に取り組んでいますので。
もし、あなた達親子が、テクニカルなことや、戦術理解といった部分でつまづいているとしたら、第一線からは相当差がついてしまっていると認識したほうが良いです。
私のところでは、2年生がすでに自己表現をメインテーマにサッカーしてますから。彼らは、テクニカルなことも戦術的な理解も終わっていますので。
もちろん、さらにその上の理解というのはありますが、そこをマスターするには、自己表現能力の向上なくしては、実現しない領域ですので。
現時点での自己表現能力の中でマスターできるであろう、テクニカル要素、戦術的要素は彼らはすでにマスターしています。
彼らの戦術的な理解度は、トップクラスの高学年~中学生ぐらいの力はあります。
彼らがすごいのではなくて、
戦術理解なんてそのくらい簡単なこと
だっていうことです。
もし、あなた達親子がその部分について難しいという印象を持っていたとしたら、残念ながらそれはどこのスクールだか、指導者だかは知りませんが、ウソの情報を植えつけられてしまったと言っても良いと思います。
まあ、そんな程度ですからね、現状としての日本の少年サッカー環境なんて。
私も、もっと日本の少年サッカー環境を良くしたくて、訴えてきましたが、ことごとくそういう異分子を取り除くのが、日本の少年サッカー界ですから。
まあ、私はこうやってアンダーグラウンドで、私に気づいた人たちに非常識とも思えるようなほどの上達をさせてあげるというぐらいですけどね、現時点では。
まあ、それはそれで結構楽しいですけど。
話を戻しますが、もし、あなた達親子がテクニカル、戦術などという部分で悩んでいるとしたら、もう悩まずに先に進んでください。
私が簡単なお話によって指導してあげますから。

テクニカルなことも、戦術的なことも、理解できていないのに、
「サッカーを表現するなんてとんでもない。。。」
と、思ってる方は、本当にかわいそうだと思います。
そんな部分は、自動車免許の取得で言えば、「仮免許」程度のレベルです。
問題は、その後の実際の公道に出て問題なく運転できるようになるかという実力ですよね。
ですが、そんな教官が隣にいた中での運転ではまだまだですよね。
自分の力で実際に問題なく運転することが出来るかどうか。
この力が本当に問われる部分ですから。
と、言うことは、まずサッカーにおいてもひとりで運転できるだけの知識、技量をてっとり早く覚え、
運転免許ぐらいの知識、操作能力を手に入れたら、
あとは、実践あるのみ
です。
まあ、サッカーで言えば、実戦による実践と言えますけどね。
まだ、サッカーの運転免許取得で悩んでいるのですか?
私の教え子達は、1年生の間には、すでにその部分は終了し、公道を自分の考え、能力でどうやって運転し、自分を表現していくかに挑戦しています。
もちろん、1年生ですから、テクニカルな部分においては、もっと上のレベルを目指しつつ、実戦の中でもっと高度な表現が出来るように強化を続けていますが、サッカーの試合の中での最低限のテクニックは1年生のうちに終了しています。
戦術的な部分で言えば、3つ子の魂100までもじゃないですけど、ほとんどの戦術は理解してサッカーをしています。
もちろん、ごちゃごちゃとそれを組み合わせる応用戦術のような戦い方については、実戦の中で作られていくことにはなりますが。
何が言いたいのかというと、
もはや、2年生にもなれば
「実戦の中での自己表現のトレーニングがメインになっている」
と、いう事です。
もし、あなた達親子が本気で
「将来の夢はプロサッカー選手です。」
と、言いたいのであるならば、
基準としては、
2年生にもなれば、自己表現に必要なだけのテクニック、個人戦術、チーム戦術は習得していなければ遅れている。
と、思っていただいてかまいません。
もちろん、年代によってコーディネーション能力を鍛える年代、神経の発達をメインに指導する年代などはあります。
ですが、長い時間かけてやっていくのは、
その子の価値観が反映されるサッカーによる自己表現
に尽きます。
【もう一度まとめます】
1・自己表現できるだけの「操作能力」を身に付ける
2・操作能力を身に付けたら、サッカーによる自己表現ができるようにトレーニングする【実戦の実戦】
3・さらに自己を追求する
この3ステップをまずはしっかりやっていかない限り「自分を出したサッカー」は出来ないし、上のレベルに進むことは出来ないということです。

おそらく、出来ていないのではないでしょうか。
上に書いた「操作能力」とは、もう一度書きますが、
1 テクニカルな能力【簡単に言うと、止める・蹴る・運ぶの3要素】
2 個人戦術
3 チーム戦術
の3要素すべてです。
これら3つの要素の理解が出来ていない限り、「サッカーの中での自己表現」をすることは無理です。
例えば、
【状況1】
ドリブルして相手を抜こうとしたら、失敗してボールを奪われた。
さあ、あなたはその後、何をすべきか?
考えてみてください。
大体、答えとしては、「取り返しに行く」みたいな意見なのではないでしょうか。まあ、すべての状況でというと難しいけどだいたい取り返しに戻れば間違いないとは思います。
【状況2】
味方が、ドリブルして相手を抜こうとしたら、
失敗してボールを奪われた。
さあ、あなたはその後、何をすべきか?
考えてみてください。
こうなると難しいですね。何をしてよいか分からないという人もいるかもしれませんし、分かったとしても自分のポジションとドリブルをしている味方の関係によってもやるべきことが違いますからね。
【状況3】
ドリブルして抜こうとしてきた相手からボールを奪った。
さあ、あなたはその後、何をすべきか?
考えてみてください。
ボールを自分が奪った状況です。
あなたにスポットライト、カメラが向けられている大事な状況ですね。
この時、あなたが何を考え、何を判断し、行動するかで、
そのゲーム自体がどっちにも転びます。
さあ、あなたはいくつかのパターンを即答できましたか?
【状況4】
味方が、ドリブルして抜こうとしてきた相手からボールを奪った。
さあ、あなたはその後、何をすべきか?
考えてみてください。
また、「味方が」という状況です。
あなたは、何をすべきでしょうか?
そしてどのような味方とのポジションの関係をイメージしましたか?
できるだけたくさんの状況を想定できましたか?

ここまで読んでいただけた方なら、理解できていると思いますが、
「説明できたところで何なの?」
と、いう部分ですね。そんな自称ロジカル指導者は腐るほどいます。
少年サッカーの世界で大事なことは、
説明し、理解させ、実戦で使える指導
ここまで出来て「少年サッカー指導」と言えるのです。
相手は大人ではありません。子どもなのですから。
では、先ほどの【状況3】を例に必要な部分の説明をします。
もう一度確認しますが、状況は、
ドリブルして抜こうとしてきた相手からボールを奪った。
でした。
ボールは自分が保持しています。
では、その説明と
その背景にあるものを注釈します。
【説明の複雑さについては学年によって少し変わります。】
まず、ボールを持ったら何が出来るか?
と、いう状況とは関係なく「どんなことが出来るのか?」を知っておく必要があります。
簡単に言ってしまえば、
・シュート
・パス
・ドリブル
・キープ
あたりでしょう。巷の1年生であれば、ここの選択肢は
ドリブルするか、シュートするか
ぐらいでしょう。
低学年に対してのボールを持ったらひたすらドリブル
と、いう指導は本当に正しいのか?
日本の少年サッカー指導の王道スタイルはこの「低学年はドリブル」なのですが、本当に良い指導なのでしょうか?
まずは、私はあなた達親子に言いたいことがあります。
今ある前提を疑ってみることが大事。
だという事を。どれだけの子ども達が、その間違った指導方法の餌食になっているか。知らないということは罪だということにそろそろ気づくべきです。
現時点でも多くの子ども達が、そういう二元論指導者のモルモットとして実験台にされ、モノのように捨てられているかという現状にそろそろ気づいてください。
低学年にはドリブルだけ。
私には、この考えがまるで、工場でロボットを大量生産しているようにしか見えません。
みんな顔も違えば、体格も違う、性格も違えば、脳、神経の発達度合いだって違うんです。生活環境も違います。
それなのに、
「小さいときはドリブルだけ」
と、いう思考、発想はあまりにも、
安易で乱暴すぎな理屈すぎやしませんか?
と、私は言いたいし、そんな乱暴な環境をもっと人間的な営みにする為に私はこの少年サッカーアカデミーを設立しました。
では、彼らの考えで言えば、
「11人全員フォワードね」
みたいな発想じゃないですか。
私から言わせてもらうと、それってもはや指導と言えるのか?
と、いう疑問が。
私の中では、2年生は5月の時点で、基礎的なテクニック、個人戦術、チーム戦術の一通りを指導済みです。つまり、彼らは1年生のときにそれらの勉強をしてきたことになるし、それを理解できたということです。
低学年、ドリブルオンリー指導者は口を揃えてこう言います。
「考える力は大人になるにつれて、自然に身につくから」
と。
そりゃあ、大人になるのだから考えることは出来るでしょう。
ですが、私の考えは逆です。

私達日本人が、英会話を習得する1番簡単な方法を知っていますか?
幼稚園児ぐらいの年代までの間に英語圏の国で生活することです。
先ほども書きましたが、「3つ子の魂100までも」の理屈は結構正しいです。
脳の大きさは3才までは成長して、その後さほど変わらないといわれています。
小さければ、小さいときほど「考える力」をトレーニングしない限り、大人になったときにありきたりな発想、判断、行動しかできなくなります。
サッカーだけでなく、日本の教育は著しく「考える力」を育む教育から逃げてきました。言ってみれば、「マニュアル的な教育」ですよね。
まあ、日本の世の中で生きていくには、それほど脳みそを酷使しない、どちらかというと、マニュアルどおりに忠実にできた人間が優秀なのかもしれませんが、

私が言うまでもなく、答えはノーです。
ですが、マニュアル国家日本で生まれて育った日本人が、指導するのですから、マニュアル的な選手が大量生産されてもしょうがないのです。
まれに、活躍する選手もいますが、彼らはやはり「自分で考えてやってきた」と思わせますよね。
例えば、中田ヒデ。絶対に自分の考えでやってきてますよね。日本人離れしてますよね、思考が。
例えば、中村俊輔選手。子どものときからサッカー日記を書くということは、「小さいうちから自分で自分の思考レベルを高めてきた」ということですし。
ただただ、適当に何も考えずに、指導者に与えられたものだけをこなして、夢が叶うと、もし保護者であるあなたが考えていたとしたら、もうすでに、夢は叶わないとあきらめるか、そのマニュアル的な考えを捨てて、思考を育む教育にシフトするかを真剣に考えたほうが良いと思います。

先ほどの状況ですが、しつこくて申し訳ないのですが、
まず、ボールを持ったら何が出来るか?
ですが、
簡単に分類すると、
・シュート
・パス
・ドリブル
・キープ
です。
これらの「選択肢」があることを教えます。
幼児は何も教えないとただただボールを蹴りたい所に向かってけりますよね。あれは、選択肢を持っていないからです。
では、
「なんでその中のそれを選ぶのか?」
について、1年生たちが答えられるレベルでの指導をします。
ここでは、下ネタ使わないので安心してください。(笑)
よく思い出してみたら、下ネタ同様に私が使いまわすツールがありました。私と付き合いが長い人には言うまでもありませんが、
じゃんけんの話
です。
子どもには、便所関係の話と、じゃんけんの話が1番理解しやすい。
で、この選択肢の話はじゃんけんの話で指導します。
「コーチがグーを出したら、何を出せば勝てる?コーチがパーを出したら何を出せば勝てる?」
みんな、正解を答えられます。
では、
「相手が何を出したときに、シュートを出せば勝てるじゃんけんなの?」
みたいな質問を私は出します。
すると、ある子が、
「前に敵がいないとき」
「シュートコースがあるとき」
「ゴールがガラ空きな時」
ぐらいは答えてくれます。
大丈夫です。誰かしらひとりぐらいはこのくらい答える子はいます。
いなかったら幼児レベルでの指導に落とす必要がありますが、まあ、いると想定しましょう。
そうしたら、
「そうだよ、そういう時にはシュートを出せば勝ちなんだよ。」
と、指導したらここの部分は完成。その後は、
「シュートコースが空いていればシュートで正解」
と、いう判断を彼らはしますから。
では、どういう時ならパスを出せば勝ちなの?
「相手が前にいるとき」
「ドリブルするスペースがないとき」
「フリーの味方がいるとき」
私が教えすぎかもしれませんけど、1年生の夏場あたりにはこのくらいはみんな答えます。
まあ、ここで言ってあげるとすれば、
「そうだね、自分がドリブルしたり、シュートしたりするよりも、他の味方がボールを持ったほうが良いと思ったときはパスだね。」
ぐらいではじめは構わないです。まずはこのくらいで良いです。
そして、多くの日本人指導者が愛してやまない「ドリブル」ですが、
「突破できるとき」
「前にスペースがあるとき」
とか答えると思います。
まあ、これも正解ですね。
キープは少し難しくなるので、1年生にはあまり指導しないので、この「シュート・パス・ドリブル」のじゃんけんと同じ選択し、判断をもってプレーできればいいよ。
と、私は指導しています。とりあえず。
ドリブル一辺倒とは言っても、このくらいの判断の中では、サッカーをさせてあげて欲しいと私は願ってしまいます。
もしかしたら、日本が大人の世代で勝てないのは、子どものうちからここの指導ができていないからかもしれませんよ。
私は、そこに原因があると思ってますけどね。
と、言う事で本当に簡単な部分での「判断力を問われるサッカー」を教えたら、後は、ゲームでチャレンジさせます。
彼らは、1年の夏には私から、
「このゲームのテーマは、ちゃんとした判断でサッカーできるかどうかね。」
なんてテーマを与えられてました。
なんか、「ハラサワ、お前のほうがよっぽど難しい言葉使いすぎてるだろ。。。」
と、ツッコミたい人がいるかもしれませんね。
だけど、私の教え子達は「判断」という言葉を理解していますよ。
だって、私が「じゃんけんの話」で選択し、判断とは何かを彼らの分かる事柄を使って説明していますから。
「判断って言うのは、Aなのか、Bなのか、Cなのかのどれが最善かを判断することなんだよ!分かったかっ」
と、いうような説明を私は絶対にしてないですから。。。
上の説明なんて、判断を説明するのに、結局「判断」って言葉使っちゃってるし。。。みたいに、同情したくなる指導者がまだたくさん日本にはいますからね。。。
と、言う事でちょっと工夫さえすれば、彼らは大人と同じサッカーにチャレンジすることが出来るんです。

中村俊輔では飽き足らず、今度はチャンピオンズリーグのチャンピオンクラブにまで。。。
と、いうのも上の考え方で指導して実績を上げているクラブがあります。
それは、誰もが知るクラブ、「F.C バルセロナ」ですね。
チャンピオンズリーグの決勝を見ましたか?
バルセロナで活躍しているメッシ・イニエスタ・シャビといった選手は、バルセロナの育成
で育った選手です。
彼らは、小さなときから戦術を理解した上でサッカーにチャレンジし続けました。それが、バルセロナの育成方法だからです。
と、いうかスペインはそういう指導法みたいなので。
別に私はスペインサッカーを真似したわけではないです。
突き詰めれば、そうなるよね。とは思いますけど。

これからは、そういう時代がやってきます。
なぜなら、私の指導は日本式の指導とは違うまったく異なった指導なので。
モウリーニョ監督や、バルセロナでやっている指導を「戦術的ピリオダイゼーション」というらしいのですが、おそらく日本人でこういう指導が出来るのは数人、もしくは私ぐらいかもしれません。
それを証明したのが、以前私が書いた日本のナショナルトレセンコーチのコラムによる検証でしたが、日本とヨーロッパの違いが顕著に現れていたと思います。
ダメかどうかを論じると、いろいろ問題があるので言いませんが、あの時私が述べたのは、
「そのナショナルトレセンコーチが抱えている問題は、すでに私の中では解決してしまっている」
と、いう話。怒らないでください。だって解決しちゃってるんですから。。。
ただ、そのとき思ったのは、
「もっと日本でも、ヨーロッパのような理論で子ども達を育成してあげれば強くなるのになぁ」
とは思ってしまいましたけどね。まあ、日本というのは「何を指導する」というよりも、「誰が指導する」におこだわりな国なので、あと50年ぐらいはヨーロッパの「今のレベル」になるにはかかりそうな気がします。

前から知ってはいたんですけど、この人のお話を聞く機会がありまして、聞いたんだけどかなりおもしろかったです。
モウリーニョや、バルセロナがどういう理屈の中でサッカーを見て、指導しているのかがなんとなくではありますが、理解できました。
そして、思いました。
少なくとも、少年サッカー指導理論においては、私の指導理論の方が、高度であることを証明したい。
と、いうように彼の言っている事の上の理論を展開したいと思わせてくれた方です。
ただ、日本の少年サッカーの現実との比較とは違い、私がやってることも、バルセロナがやっている戦術的ピリオダイゼーションというのもほとんど変わりません。
私は、別にまねをしたわけではないので、以前からその方法を「サッカー哲学」といっていました。これからもそう言い続けるつもりです。
どっちが凄いかを決めるのは、言ってみれば、
どっちが円周率を長く理解していてそれが言えるか。
みたいな話です。
結局、サッカーをどちらが理解し、その改善方法をどれだけ理解し、改善できる力がどれだけあるか。
と、いう事ですね。
なので、私は勝手に彼らをライバルだと思っています。そして、皆さんに私の理論がどこまでイッちゃってるかを今後の活動で証明したいと思います。

まあ、私が作った教材のテーマが「世界を意識しろ」なので。
私がちっちゃいところに意識するわけには行かないし、
日本に目を向けてももう、私の心を揺さぶる指導者はいないようですし。
私のいまの目標は、
日本でも世界のトップクラスの
指導を受けることが出来る環境づくり
です。
ここで言うのも、反則と言えば反則ともいえるし、もうここまで読んでくれた方には言うまでもないのかもしれないのですが、
私はものすごい理屈っぽい人間なのです。(笑)
だから、そのよくいる「自称ロジカル指導者?」と理屈でやりあったらボコボコにしてしまうぐらい自信があります。
理屈だけでよいのであればね。
だけど、サッカーの中で理屈が通用するかというと、ほとんどしません。
理屈が通用するとしたら、本当にもっと細部まで見て、そこを論じない限りは無理です。
そして、そんなに細部まで突き詰めたものをそのまま子どもに説明するなどナンセンスすぎます。
まず、世界のトップでのサッカー理論を手に入れるためには、
サッカーをどれだけ哲学できるか?
ここに尽きます。
サッカーを哲学できれば、おそらく日本のトップの指導者の上を行くサッカー理論を身に付けることがあなたにも出来ます。
要は、日本人は「哲学」という学問を知らないんです。
考える力がないのです。
考える力のない人間が作った指導理論なんて、たかが知れているということです。
もし、あなた達親子が、私の活動や考えを見て、
「こんな人は日本には他にいない」と思ったとしたら、それは、私はひたすらサッカーを哲学し続けている気持ち悪い日本人だからです。
ただ、それだけです。
「ハラサワさん、なんで、あなたも日本人なのにサッカーを哲学出来るのでしょうか?」
と、いう矛盾に関しての答えは、
おそらく、私が「考える病」だからなだけなのかもしれません。
どうやら、私は人と違うようだ。ということが最近分かりました。
「ガキの頃そんなに考えるなんて事しないから」
と、いう事みたいですね。。。私はずっと頭がグルグルまわってしまう病気みたいです。
考えないと死んでしまう。みたいな病気のようです。。。
とは、言え普通に生活はしていますけどね。

俺セン少年サッカーアカデミーのサッカー合宿では、基本的に夏・冬・春の長期休みの中で、ここまで説明した
「実戦の中で実践できるサッカー能力の構築」
「サッカーの中での自己表現能力の向上」
によって、
各自のサッカーの夢を実現させていく合宿になっています。
【参加方法】
まず、俺セン少年サッカーアカデミーの生徒の方は、当アカデミーから配信される「合宿のお知らせ」を読んでいただき、手続きをとってください。
こちらでは、アカデミーの生徒の方ではなく、ビジターとして合宿参加希望者の方に対しての説明をさせていただきます。

おそらく、ここまで読んでいるあなたは、私のブログ、メルマガを読んでいる方だと思うので、理解してくださっていると思いますが、
私は、私自身の理念に賛同してくださる方以外の指導は一切しないと心に強く決めています。
「えっ?!そんなこと当たり前なのでは?」
と思われるかもしれませんが、最近の世の中は特に、
「理念なんて関係ない。とにかくサッカーをうまくしてくれればそれでいい。金払うんだからいいだろ別に。」
みたいな、やたらと権利を主張してくる親子が凄い多いのです。
私は、そういう親子とのやり取りを1番嫌っています。
お金をもらってもやりたくありません。
なので、ビジターの参加希望者の方は、簡単なアンケート形式のテストをさせていただきます。
それによって、受け入れさせていただくかどうかこちらで決めさせていただきます。
「大事な子どもを預けるんだからいろいろ言うのは当たり前だろ」
と、言う気持ちは分かります。
ですが、「合宿」というものに、いちいち親が付き添うとか、そういう考え自体がありえない考えですから。
そういう考えを持っている親子って本当に恥ずかしいですよ。
そうですね、私が幼稚園児や1年生にそういう恥ずかしいことを指導するときにこういう話をするのですが、
「いちいち君達は、うんこをしたらお父さん、お母さんにお尻を拭いてもらわないとダメなのか?」
って話です。そういう、お子さんのお尻まで拭いてあげないと心配な親子は、合宿に参加できるレベルではありません。
そこは、弁えたほうが良いと思います。
合宿には参加させたい。だけど親は帯同したい。もう、こういう考えをあなた達親子が持っていたとしたら、私とは理念の違う方なので、他に行ってください。その方が、お互いが嫌な気持ちにならないので平和な日々をすごせるのですから。
私が、ここの部分になぜこんなにこだわるのか。それには大きな理由があるからです。
それは、

私も、これらさまざまな取り組みによって、成功者を輩出していくことがひとつの目的になっているのは、言うまでもありません。
合宿呼んで、お金稼げれば誰でも来て下さい。なんてくだらない目的では一切やっていません。
だけど、なぜかこういう合宿に参加を検討している人達の何人かは、
どういう場所で練習するのか?
どういうところに泊るのか?
親は練習を見ても良いのか?
だとか。。。こうやって書くだけでもウンザリしてくるようなことばかりを気にしているんです。
だから、普段のサッカーの活動でも大した上達ができず、脇役程度でしか活動できないんです。
だって、上のことって「どうでもいいこと」だからです。
別に畳2畳程度のスペースで私が指導しようが、カンプノウスタジアムで指導しようが、どうでもいいんです。上達とは関係のない要素なので。
そういうことばかり気にするから、なんかよく分からない、
「○○高原の涼しい土地と、最高級のホテルでおもてなしする、サッカー合宿2伯3日で6万円」
みたいな、何を目的にしか分からない合宿にホイホイ参加してしまうんですよ。そういう何を目的なのか分からない人達って。
違いますよね?
私達の目的は、「1も2も関係なくサッカーが上達できるかどうか」ではないのですか?
そして、その理念として私は、「努力した子には努力した分だけ上手くなる権利がある」
と、いう考えでやっています。
ここに賛同できる人達で、同じ目標の下で、目標を達成していくための合宿です。もう、これで最後にしますけど、
私には私の理念、目的でこの活動をしていますから、違う理念や目的で接触したい人は他にいってください。
私や、私の理念に賛同して参加してくださる方たちに対して、失礼なので。
それでは、賛同して参加を希望したい方に対してのみ、説明をしますが、
【合宿の内容】
今回は、メインテーマは
「サッカーによる自己表現能力の向上」
です。
簡単に言うと、「自分をもっと出す方法」の指導です。
今までよりも、インパクトが薄いかもしれませんが、この部分こそが、多くのサッカー少年親子の悩みであり、真の問題解決のための原因だからです。
ここで悩んでいない方には、どのくらいこの合宿が役に立つか分からないので、参加は申し込まないでください。
とは、言え実際はどういう指導をするのかはてなと、言う内容ですが、
【レベル1】
まずは、サッカープレーヤーとしての操作能力をマスターしよう
ここに必要な要素は、
操作に困らないだけのテクニカルスキル
操作に困らないだけの個人戦術
です。
まずは、ここの指導をします。
具体的に言うと、私が作った俺セン少年サッカーアカデミーの教材DVDの内容や、その周辺のスキル指導がここにあたります。
なので、すでにマスターしている選手は、レベル2の段階からの指導になります。
【レベル2】
操作性に問題がなくなったら、
試合の中で自己表現できるプレースタイルを構築していく。
分かりづらいたとえ話になってしまうかもしれませんが、「スーパーマリオ」でたとえるとすると、
「自力で、半分の面ぐらいはクリアできるレベル」
が、このレベル2のゴールだと思っていただいて構いません。
なので、ここの部分は結構難しいです。
ここのレベルの選手に指導していくのは、
1 レベル1+αの「α」の部分のテクニカルスキルの指導
2 実戦で通用する個人戦術を使ったプレー方法の指導
3 初歩的なかけひきを使ったプレースタイルの構築
4 俺セン流、「自己レベルアップ法」の指導
ここの部分を指導します。
この4つの要素を指導してマスターすれば、結構なレベルのサッカーをすることが可能になります。
もう少し、説明を入れると、こういうことになります。
「試合の中での状況を大まかにではあるが、各状況を理解し、その状況ごとの対処方法も理解し、実践で遂行することができるだけの知識、テクニカルスキルが備わっている段階にまで引き上げていく」
と、いうのがレベル2の段階になります。
このレベル2になれていない子が結構多いと思います。
理由は、この4つの要素をちゃんと理解していて、それをなおかつ小学生に指導できる指導者が日本にはほとんどいないからです。
そして、レベル2をマスターしたとき、あなた達親子の前に「成功」とういう文字が現実に近づいてくる段階にまでやってきます。
【レベル3】
実戦の中で、混乱せずに最低でもサッカーのセオリーどおりのプレーができるようになったら、後は、「自分の色、持ち味」をどうやってサッカーの中で表現しながら活躍していくかにこだわる。
最終段階です。
この部分というのは、プロサッカー選手であっても一生テーマとしてやっていく部分です。
そして、本当の意味での「サッカーを楽しむ」というレベルは、この段階でサッカーをやっている人たちのことを言います。
私の理想像は、サッカー少年達がここのレベルになって、本当の意味での「サッカーを楽しむ」という環境の中で、各自しのぎを削って欲しい。
ここなのです。
まあ、レベル2の段階の指導ができる人間を私自体は私以外には、私の師匠しか知りませんので、全国的にそのレベルに持っていくには難しいのは分かっていますが、私がやるからには、ここを目標に指導をしていくのは当然のことです。
これを視点を変えて、あなた達親子に対して言うとすれば、
あなた達親子は、本当のサッカーの楽しみ方を知らないのです。
と、いうことです。
なんかやたらと訳の分からない理屈で「サッカーとはこういうものなのだ」と洗脳されてしまっているのが現状で、私がここで説明している3段階によるステップアップこそが、「本当の意味でサッカーを楽しむ」為の道筋なのです。
私が独断と偏見で言っているのであれば、たしかに戯言として聞き流せるかもしれませんが、この3ステップ、考え方というのは、現在の世界でトップクラスの指導者、クラブがやっている指導理論と一致しています。
まあ、真剣に考えれば、行き着く先は同じ。
と、いう結果には、まあなるでしょうし、なったからこういう事になるのですけどね。
では、なぜ日本サッカーはそこに到達しないのか?それについては別に機会に。
と、言うことで、最終段階は、
自分独自のプレースタイルを構築して、
フィールド上で芸術・哲学する。
と、いう事です。
ここの部分に関しては、具体的にどうこうというよりも、選手個々の性格や、価値観などによって個別の指導を入れていくことになるので、一概に何をどう指導するというのはありませんが、
簡単に言えば、
・自分の持ち味を出して活躍するフォワード
・自分の持ち味を出して活躍するミットフィールダー
・自分の持ち味を出して活躍するディフェンス
を実現させていく指導ですね。
ここもだいたい今まで指導してきた子ども達を例に説明することはできますが、それをやると本が2冊ぐらい書けてしまうので、こういうことで理解してください。
合宿の中では、掘り下げてやっていきますので。
と、いうその子の現状に合わせて、最終段階にまで引き上げていく内容です。
なので、その子の現状がどこにあるかによってどのレベルからスタートするかが決定します。
高度なレベルの指導を期待していたとしても、その選手のテクニカルスキルや、個人戦術の理解度が低い場合は、そこを改善してからではないとレベル3には進めません。
なので、合宿での直接指導でレベル3から受けたい子は、教材DVDを良く見て、実記部分のマスター、そして講義部分を何度も聞いて個人戦術のセオリーをしっかりマスターした状態で参加してください。
そうすれば、合宿では高いレベルから始められると思いますので。
と、言うことで内容はこんな感じです。
【参加費】
ようやく、参加費ですね。
ビジターの方の参加費は、3泊4日で 60000円です。
結構高く設定した理由は、この合宿はこの夏から俺セン少年サッカーアカデミーというサッカーアカデミーの生徒をメインにした強化合宿だからです。
なので、アカデミーに入校して、年間を通してサッカーを勉強している生徒の子達は安く設定してあります。
「いやいやウチはどうしても合宿だけでいいです。」という方は、参加したいようであれば、この金額で参加していただければ結構です。
また、ビジターの方は、どういう親子か分からないので、「安いからとりあえず参加」みたいな人達も来て欲しくないのでこの価格に設定しました。
内容的には、お金ではかえられないレベルの「どこに行っても指導してもらえない指導」をするので、そのあたりは自信を持ってこの金額で提供できます。
そうじゃない限り、7回もこの合宿が続く事はありえませんから。
では、ビジターとして参加したい方は、
こちらのアドレスに以下のことを書いて、
氏名
学年
サッカー歴
現在のポジション
合宿に参加したい理由(子)
合宿に参加したい理由(親)
を書いてメールをそのまま送信してください。
簡単なアンケート兼テストを送らせていただきます。
【申し込み用のアドレス】
aroha18アットマークma.scn-net.ne.jp
※アットマークを@に変えてメールを送信してください。
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